大阪地方裁判所 昭和52年(ワ)882号 判決 1978年10月02日
原告
藤原ミサヲ
ほか四名
被告
椋新
ほか二名
主文
被告らは各自、原告藤原ミサヲに対し、金二八一万五九六六円およびこれに対する昭和五一年九月一日から支払済まで年五分の割合による金員を、その余の原告らに対し、各金一四〇万七九八三円およびこれに対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを六分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
この判決は原告ら勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
但し、被告らが金四〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
被告らは各自、原告藤原ミサヲに対し、金三三三万四六〇六円およびこれに対する昭和五一年五月九日から支払済まで年五分の割合による金員を、その余の原告らに対し、各金一六六万七三〇三円およびこれに対する前同日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告らの負担とする。
仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
仮に、仮執行の宣言が付されるときは、担保を条件とする仮執行免脱の宣言。
第二請求原因
一 事故の発生
1 日時 昭和五一年五月八日午前一一時五五分頃
2 場所 島根県益田市須子町四四番二八号先四差路交差点(以下本件交差点という。)
3 加害車 軽四輪貨物自動車 登録番号六島根六一―二九号
右運転者 被告椋明子(以下被告明子という。)
4 被害者 訴外亡藤原亀四郎(明治二九年四月二五日生、以下訴外亀四郎という。)
5 態様 訴外亀四郎が足踏自転車に乗つて本件交差点を南から東に右折するため本件交差点の南側で一旦信号待ちをした後、青色信号に従つて右折を開始したところ、本件交差点を東から西に直進してきた加害車と衝突し、同車が訴外亀四郎の右胸部に乗り上げるようにして停止した。
二 責任原因
1 被告椋新(以下被告新という。)の責任(運行供用者責任―自賠法三条)
被告新は、加害車を所有し、業務用に使用し、自己のために運行の用に供していた。
2 被告明子の責任(一般不法行為責任―民法七〇九条)
被告明子は、加害車を運転して東から西に直進中、本件交差点において、対面の信号が赤色であつたにもかかわらず、これを無視して同所を進行しようとした過失により、本件事故を発生させた。
3 被告安田火災海上保険株式会社(以下被告会社という。)の責任(自賠責保険契約責任―自賠法一六条)
被告会社は、被告新との間に、加害車について自賠責保険契約を締結している。
三 損害
1 訴外亀四郎の受傷、治療経過および死亡
(一) 受傷
頭部外傷、右前頭部挫傷、顔面擦過創兼挫傷、右手擦過創兼挫創、右前胸部打撲、右肩、右上腕および右大腿挫創
(二) 治療経過
入院
昭和五一年五月八日から同月二四日まで(一七日間)益田赤十字病院
通院
昭和五一年五月二五日から同年八月三〇日まで(通院実日数一四日)同病院同年六月二四日から同月二六日まで(同二日)長岡整形外科
同年八月二二日から同月三一日まで(同五日)黒田医院
(三) 死亡
訴外亀四郎は、本件事故により、前記(一)の傷害を受けて前記(二)の治療を受けたが、昭和五一年八月三一日死亡した。
訴外亀四郎の直接の死因は心筋硬塞とされているので、本件事故と同人の死亡との因果関係について述べる。
受傷が人体に与える影響は青年や壮年と老年とでは大いに異なり、青年や壮年ならば回復できる程度の受傷でも、老年の場合には回復するのが困難である。あるいは、老年の場合にはこれから回復するために全精力を使い果たし、その結果、体力の衰弱から余病を併発し、死亡することは十分考えられるところである。
ところで、訴外亀四郎は、本件事故当時八〇歳の高齢ではあつたが、半身不随の妻である原告藤原ミサヲ(当時七一歳、以下原告ミサヲという。)の世話をしながら、足踏自転車で外出したり、生命保険のアルバイトをしたりして生活する程健康であつた。しかし、本件事故による前記(一)の受傷のため、前記(二)の治療の後も長期間の病床生活を余儀なくされ、それまで適度な運動により維持されてきた同人の健康状態が害され、心臓に大きな負担をかけたことは否定できない。
訴外亀四郎の直接の死因が心筋硬塞であるとしても、本件事故以前は健康であつた同人がわずか四ケ月足らずの病床生活で死亡しており、心筋硬塞の誘因としては心身の過労が第一にあげられるから、同人は本件事故により死亡したものというべきである。
2 訴外亀四郎の損害
(一) 治療関係費
(1) 治療費 一万九四〇〇円
(2) 入院雑費 八五〇〇円
入院中一日五〇〇円の割合による一七日分
(二) 死亡による逸失利益 一三七万五九二〇円
訴外亀四郎は、本件事故当時八〇歳で、生命保険のアルバイトや年金等により、少なくとも月六万円の収入を得ていたものであるところ、同人の平均余命は六・四年であるから、就労可能年数は少なくとも三年であり、同人の生活費を収入の三〇%とすれば、同人の死亡による逸失利益は年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、一三七万五九二〇円となる。
(算式 六万円×一二×〇・七×二・七三=一三七万五九二〇円)
(三) 慰藉料 八〇〇万円
訴外亀四郎の慰藉料を算定するに当つては、次の事由を考慮すべきである。
(1) 前記1の(一)(受傷)および(二)(治療経過)
(2) 訴外亀四郎の子はいずれも独立して遠隔地におり、同人と原告ミサヲが島根県益田市で生活していたところ、原告ミサヲが昭和四〇年ころ脳卒中により半身不随になつたため、訴外亀四郎が原告ミサヲの世話をみていた。訴外亀四郎の死亡により、原告ミサヲは慣れない土地で堅苦しい社宅生活を余儀なくされた。
(3) 被告新および明子は、本件事故が同女の信号無視という一方的な過失によるものであるにもかかわらず、何ら反省の色がなく、訴外亀四郎の入院中見舞にもこないし、治療費の支払や付添婦の件について同人を困惑させた。
3 相続
原告ミサヲは訴外亀四郎の妻であり、その余の原告らはいずれも右両名の子であるところ、訴外亀四郎の死亡により、同人の権利をその法定相続分に従い、原告ミサヲが三分の一、その余の原告らが各六分の一を相続した。
4 原告ら固有の損害
原告らは、訴外亀四郎の死亡により、その葬儀費用として、原告ミサヲが二〇万円、その余の原告らが各一〇万円を要した。
四 本訴請求
よつて請求の趣旨記載のとおり判決(遅延損害金は民法所定の年五分の割合による)を求める。
第三請求原因に対する被告の答弁
一の1ないし4は認める。同5のうち、訴外亀四郎が本件交差点の南側で一旦信号待ちをした後、青色信号に従つて右折を開始したことを争い、その余は認める。
二の1は認める。
二の2は過失の点を除き認める。
二の3は認める。
三の1の(一)は認める。同(二)のうち、通院期間は不知、その余は認める。同(三)のうち、訴外亀四郎が原告ら主張の日に心筋硬塞により死亡したことは認め、その余は争う。
三の2は争う。
三の3は認める。
三の4は争う。
第四被告らの主張
一 訴外亀四郎は、訴外朝日生命保険相互会社に昭和三一年一月一八日から昭和四八年一一月三〇日まで勤務していたが、昭和四六年六月から病気により休職し、再び就労することなく、そのまま退社したものであり、また、本件事故当時八〇歳という老齢であつた。
二 同人の死因である心筋硬塞が本件事故による受傷の直接に発生したものであるならばともかくとして、本件事故後一一六日を経過し、益田赤十字病院を退院してからでも約一〇〇日を経過して発生しているのであるから、同人の死亡は、本件事故と相当因果関係がなく、老齢等に起因するものというべきである。
第五証拠関係〔略〕
理由
第一事故の発生
請求原因一の1ないし4の事実は、当事者間に争いがなく、同5の事故の態様については後記第二の二で認定するとおりである。
第二責任原因
一 被告新の責任(運行供用者責任)
請求原因二の1の事実は、当事者間に争いがない。従つて、被告新は自賠法三条により本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。
二 被告明子の責任(一般不法行為責任)
成立に争いのない甲第八ないし第一〇号証、同第一二、第一三号証によれば、次の各事実が認められる。
1 本件交差点は、東北から西南に通ずる幅員約八・五メートルの道路と西北から東南に通ずる幅員約五メートルの道路が交差し東北から西南への見とおしは良く、信号機による交通整理が行なわれ、最高速度は時速四〇キロメートルに制限されていること
2 訴外亀四郎は、足踏自転車に乗つて西北に進行し、本件交差点に至つたが、対面の信号が赤色であつたため、同所の南側で一旦信号待ちをした後、青色信号に従つて本件交差点をほぼ北に進行したところ、本件交差点の中心よりやや西南寄りの地点において、後記3認定のとおり進行してきた加害車の前部と衝突したこと
3 被告明子は、加害車を運転して時速約四〇キロメートルで西南に進行し、本件交差点にさしかかり、そのかなり手前で対面の信号が青色であることを一旦は確認したが、その後は信号の変わるのを確認せず、そのため、その後信号が黄色、さらに、赤色に変わつたにもかかわらず、これに気が付かないまま本件交差点に進入し、約一六メートルの距離に至つて初めて自車前方を横断中の足踏自転車に乗つた訴外亀四郎を発見し、直ちにハンドルを右にきると共に急制動の措置をとつたが間に合わず、自車を同人に衝突させ、よつて、同人に請求原因三の1の(一)の傷害(この点については当事者間に争いがない。)を負わせたこと
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、本件交差点は信号機により交通整理が行なわれている交差点であるから、被告明子は、本件交差点に進入するに際しては対面の信号をよく確認し、信号が赤色のときは交差点の手前で停止すべき注意義務があるにもかかわらず、本件交差点のかなり手前で対面の信号が青色であることを確認したのみで、その後はこれを確認せず、そのため、信号が黄色、さらに、赤色に変わつたことに気が付かないまま本件交差点に進入したのであるから、被告には信号の確認を怠つて本件交差点に進入した過失があるというべきであり、そして、同人の右過失と本件事故との間には因果関係があることは右認定の事実から明らかである。
従つて、被告明子には民法七〇九条により、本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。
三 被告会社の責任(自賠責保険契約責任)
請求原因二の3の事実は、当事者間に争いがない。従つて、被告会社は自賠法一六条により、本件事故による原告らの損害を賠償する責任がある。
第三損害
一 請求原因三の1の(一)の事実は、当事者間に争いがない。
同(二)のうち、通院期間を除き、その余の事実は、当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第三ないし第七号証、原告本人藤原辯尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、同(二)の通院の事実が認められる。
同(三)のうち、訴外亀四郎が原告ら主張の日に心筋硬塞により死亡したことは当事者間に争いがない。
そこで、訴外亀四郎の死亡と本件事故との因果関係について当事間者間に争いがあるので、この点について判断する。
成立に争のない甲第二号証、乙第一号証、前記甲第四、第五および第七号証、証人藤原弘子の証言および原告本人藤原辯尋問の結果によれば、次の各事実が認められる。
1 訴外亀四郎は、本件事故当時八〇歳で同人は昭和三一年一月一八日から昭和四八年一一月三〇日まで訴外朝日生命保険相互会社松江支店の外交員として稼働していたところ、昭和四六年六月以降は病気のため休職し、そのまま退職しているが、その後本件事故当時まで同人が特に重病にかかつたとか、心臓に異常があつたようなことはうかがえないこと。
2 訴外亀四郎には四名の子が健在ではあるが、いずれも独立して遠隔地にいるため、同人は同人の妻である原告ミサヲと共に島根県益田市で暮らしていたところ、昭和四九年ころ原告ミサヲが脳卒中により半身不随になつたため、それ以降本件事故当時まで訴外亀四郎が原告ミサヲの面倒をみ、炊事や洗濯等をしていたこと、
3 訴外亀四郎は、本件事故以前にもときどき病院に通うことはあつたが、その年齢より一〇歳位若くみえ、高齢にしては元気で、外出する際は普段から足踏自転車に乗つていたこと、
4 訴外亀四郎は、請求原因三の1の(一)の受傷のほか、右第九、第一〇および第一一の肋骨を骨折し、右前胸部の痛みを訴え、昭和五一年五月二四日に益田赤十字病院を退院して以来死亡するまで、自宅で病床生活をしながら通院治療を続けていたこと、
5 訴外亀四郎は昭和五一年八月三一日黒田医院で同人の傷害について精密検査を受けている最中に心筋硬塞により死亡しているが、同医院の医師黒田博は右死因として、本件事故により体力の低下と精神的影響があつたと思われる旨の診断をしていること、
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定事実によれば、訴外亀四郎の直接の死因は心筋硬塞ではあるが、高齢にしては比較的元気であつた同人が本件事故により心身共に大きな打撃を受け、四か月近くの病床生活のため肉体的に衰弱して心臓に負担がかかり、その結果、心筋硬塞を惹起して死亡したものであり、かつ、本件事故と訴外亀四郎の死亡との間には相当因果関係があると認めるのが相当である。
二 訴外亀四郎の損害
1 治療費関係
(一) 治療費 一万九四〇〇円
前記甲第七号証によれば、訴外亀四郎が昭和五一年六月二四日から同月二六日までの治療費として長岡整形外科に一万九四〇〇円を支払つたことが認められる。
(二) 入院雑費 八五〇〇円
訴外亀四郎が一七日間入院したことは、前記のとおりであり、右入院期間中一日五〇〇円の割合による合計八五〇〇円の入院雑費を要したことは、経験則上これを認めることができる。
2 死亡による逸失利益
原告らは、訴外亀四郎の死亡による逸失利益として一三七万五九二〇円の損害を受けた旨主張するが、右主張事実を認めるべき証拠はない。
そうすると、原告らの右主張は理由がないことになる。
3 慰藉料 八〇〇万円
本件事故の態様、訴外亀四郎の傷害の部位、程度、治療の経過および死亡、同人の年齢、親族関係、その他諸般の事情を考えあわせると、同人の慰藉料額は八〇〇万円とするのが相当であると認められる。
4 相続
請求原因三の3の事実は、当事者間に争いがない。
従つて、訴外亀四郎の権利をその法定相続分に従い、原告ミサヲが三分の一、その余の原告らが各六分の一を相続したことになる。
三 原告ら固有の損害 原告ミサヲにつき 一四万円
その余の原告らにつき 各七万円
原告らは、訴外亀四郎の葬儀費用として、原告ミサヲが二〇万円、その余の原告らが各一〇万円を要した旨主張するが、右主張事実を認めるべき証拠はない。
しかし訴外亀四郎の年齢、親族関係、その他諸般の事情を斟酌し、かつ、経験則に照らすと、本件事故と相当因果関係のある葬儀費用として、原告ミサヲにつき一四万円、その余の原告らにつき各七万円の範囲内でこれを認めるのが相当である。右金額を超える分については、本件事故と相当因果関係がないと認める。
第四結論
よつて被告らは各自、原告ミサヲに対し、二八一万五九六六円、およびこれに対する本件不法行為の後である昭和五一年九月一日(訴外亀四郎が死亡した日の翌日)から支払済まで年五分の割合による遅延損害金をその余の原告らに対し各一四〇万七九八三円、およびこれに対する前同日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払う義務があり、原告らの本訴請求は右の限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言および仮執行免脱の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 大田朝章)